アニメ製作を担当した藤山プロデューサー
第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞を受賞、今年7月よりNHK総合にてTVアニメが放送中の『
ヴィンランド・サガ』。千年期末、ヴァイキングが暴れまくる激動の北ヨーロッパを舞台に、幻の大陸、北アメリカ(ヴィンランド)を目指す主人公トルフィンを描いた物語です。
アイスランド出身のヴァイキングをテーマにした物語ということで、原作者である幸村誠氏と中世アイスランド史、ヴァイキング史、中世アイスランド語の専門家の先生方が、「『ヴィンランド・サガ』からみたアイスランド」という、学問的な視点から解説と討論を展開するトークセッションが、11月上旬、立教大学池袋キャンパスにて開催されました。
まず、“ヴィンランド(Vinland)”とは何か。これは、かつて実在した北米の地名だそう。ヨーロッパ人として初めてグリーンランドに入植した人物と呼ばれる「赤毛のエイリーク」の息子で、北米に最初に上陸したヨーロッパ人と称されるレイフ・エリクソンが名付けたといわれています。(レイキャヴィクのハットルグリムス教会に立っている像がレイフ・エリクソン)
意味は諸説あるようで、「草原の地」や、ヴィーン(ワイン)ランドということで「ブドウ酒の地」などがあるそうです。しかし後者は、理想が混ざって出来たもの、専門家の間で“サガネーム”と呼ばれるものではないかと。というわけで、ヴィンランドは「草原の地」のことだと言われているようです。(松本先生)
ちなみに“サガ”とは、散文や物語のこと。数百年後に書かれている物語なので、内容は史実そのままではなく、想像や理想、願望などが入り混じっているものなのだそう。(松本先生)
2部のトークセッションの様子。(登壇者の左から)原作者の幸村誠氏、立教大学の小澤実先生、信州大学の伊藤先生、福井県立大学学術教養センターの松本先生。
こちらのイベント、アイスランド大使館よりリリースされてから1日で満席となり、追加席もあっという間に満席という大変反響の高いものとなりました。
2部構成になっており、第1部ではアニメ製作を担当した藤山プロデューサーによるアニメの見どころを紹介。そして、資料提供などで製作に関わった立教大学の小澤実先生が『ヴィンランド・サガ』(10世紀末頃)よりも前の時代の、8世紀から11世紀のヴァイキング時代を説明。福井県立大学学術教養センターの松本涼先生は、『ヴィンランド・サガ』のいくつかのシーンから専門家目線で解説し、信州大学の伊藤盡先生は、物語に登場する奴隷の描写から歴史背景や登場人物を読み解くという、それはそれは内容の濃い2時間になりました。
原作は23巻がまもなく発売(11月22日)。アニメも18話(全24話予定)を終えたところで、ネタバレなどが気になりそうなところですが、このアニメは、背景についての解説があると、さらに深く楽しめそうです。以下に登壇者のトーク内容をまとめてみました。専門家の先生が、幸村氏の創造力や表現に、グッとくる場面が多々あったようです。
■『ヴィンランド・サガ』見どころ(藤山プロデューサー)①千年紀の終わり頃の北欧世界に浸れる!色んな場所をどんどん移動していくところや、細かい家の内部を緻密に再現。風景も実際のアイスランドの風景を元に描いている。(アニメには、人々の命を繋ぐ“タラの干し魚”が登場。このタラにバターを塗って食べるシーンもあってリアル<松本先生>)
②魅力的なキャラクターたち「ソルフィンヌル(ソルフィン)・カルルセヴニ」という実在した人物が主人公トルフィンのモデルになっている。(「クヌート王がなぜ美少年風なのか」の問いに、「人気が出るかな?」と幸村氏(笑)。「王様っぽくない容姿からその後のコントラストが面白いと思ったから」だそう)
➂大迫力のアクションシーン幸村氏こだわりのアクションシーンを迫力あふれる映像で見せることができるのもアニメーションの醍醐味。
■ヴァイキングについて(8~11世紀)(小澤先生)①経済システムの変動銀の発見に伴い、ヴァイキングたちが物を輸出し、北ヨーロッパに銀貨が流れる。輸出していたものは、奴隷、毛皮、コハク、タカ、セイウチ、イッカクの牙など。銀の価値は形ではなく重さ。そのため、銀貨と秤はセットで、現在でもヴァイキングの墓を掘ると、武器が一番多く出土されるが、秤も多い。
②全方位への拡大ヴァイキングの船は、当時の水準では圧倒的に高性能。自在に移動ができた。アイスランドへの移住は862年頃に始まる。ヴァイキングほどヨーロッパを広範囲に移動した集団は未だかつてヴァイキングしかいない。「赤毛のエイリーク」は、アイスランドからグリーンランド、そしてヴィンランドを目指す。(※ヴィンランドとは、「小麦が自生しており、ブドウの木も生えていた」場所を指す)
➂国家の形成王は居ても、国がなかった時代。デンマーク・ノルウェー・スウェーデンが形成。デンマークが力を持っていた。王都イェリング(世界遺産:イェリング墳墓群、ルーン文字石碑群と教会)は当時の水準ではかなりの権力。クヌート海上王国が広大な範囲で制圧する時代があった。
■『ヴィンランド・サガ』の描写について(松本先生)実在した人物がモデルとなった主人公トルフィンは、前半生のことはほぼわからず、専門家では出てこないような描写があり、幸村氏は想像力を働かせて製作している。例えば、雹が降ってくる戦闘シーン。資料でも実際に雹が降るというシーンがあり、魔術で降らせたとの記述部分がある。幸村氏もスタッフも、サガや中世の資料をかなり読み込んで作っているというところに驚いたとのこと。
■奴隷の描写から歴史背景や登場人物を知る(伊藤先生)過去の少女マンガなどに描写されている「奴隷」をスライドで紹介しながら解説。『ヴィンランド・サガ』に出てくる、アシェラッドという登場人物について。“灰をかぶった男”というネーミングも良いし、奴隷から生まれた男がのし上がっていくシンデレラストーリー的なところも踏まえて物語を作っている。さらりと入れているのが素晴らしいと絶賛。
休憩を挟んでスタートした第2部では、幸村氏、小澤先生、伊藤先生、松本先生4名が登壇。パネルディスカッション形式で行われました。幸村氏は、ヴァイキングのコスチュームで登場!意外と兜が重いそうで、途中で断りを入れて脱いでいました。ちなみに手に入れた場所は秋葉原だそうです( ´艸`)
まずは、
幸村氏が『ヴィンランド・サガ』を描くきっかけになったこと、
アイスランドへ行ったときのことを話してくれました。
ヴァイキングのコスチュームで登場した幸村氏
小学生時代は「北斗の拳」に夢中だったそうで、アクションや戦闘シーンはかなりの熱を持って描いているとのこと。また、アイスランドには文化的なイベントに招待され、漫画について話したそうです。飛行機が出る5時間前に原稿が出来上がったようで、そのコピーを持ってアイスランドに行き、アイスランドで出来立てホヤホヤの原稿を発表することに。街を歩いていたら、声をかけてもらったり、講演会に呼んでもらったりして、大変楽しい体験だったようです。
興味深かったのが、『ヴィンランド・サガ』に頻繁に出てくる「奴隷」について。
当時、奴隷はどのようにして拘束されていたのかという疑問への幸村氏の回答。首輪をしたり、ロープで手を縛ったりすると労働に支障が出てきます。では、どのようにして奴隷は扱われていたのか。(出土品などで出てくる首輪などは、奴隷にではなく、犯罪者に使われていたものだと言われているようです)
「よそに行くよりは、ここでしか生きていけない状況下に置くことが、一番奴隷を拘束するのに有効ではないかと」と幸村氏。「特にロープで縛られたりなどされていないのでは」との話でした。
「いまも、みんな何かの奴隷になっている。電気代や水道代などのために働いている(笑)」と深い言葉も飛び出しました。(うぉぉ……)
長年にわたる漫画の執筆に、モチベーションはどうやって保っているのかという会場からの質問には、「モチベーションはとっくに失っています(笑)」と幸村氏。この物語は10年かけて描くことになるだろうとは思っていたそうですが15年になりました。これは面白いものになると、過去の自分を信じるしかないと思ったとか。読者の方の感想を読んで、ああよかったと思うことも。一番のモチベーションは読者の方々の「声」のようです。
実はこの日、「最新話を描きかけで来た」という幸村氏(笑)最後は、兜をかぶり直し、あたたかい拍手で見送られながら会場を後にしました。
筆者はアニメで見始めたばかりの『ヴィンランド・サガ』初心者ですが、デンマークやノルウェー、スウェーデンも絡んでくる中世アイスランド史やヴァイキングに興味津々!血も涙もない、でもそこにある人々の思惑が絡み合う……日本の戦国時代と重なる気がします。
信念や志は?何を目指しているのか、そして最後に辿りつくのはどこなのか。ヴァイキングのこと、歴史や時代背景を知ることで、新しい北欧諸国の見え方が生まれるかもしれません。