2016/07/26

【特集】ノルウェー映画『幸せを追いかけて』イングヴィル・スヴェー・フリッケ監督インタビュー

「人はみんな、失敗や“おバカなこと”をやってしまうもの。
でも、どんな年齢になっても、人生から学ぶことがあるのよね」
(イングヴィル・スヴェー・フリッケ監督)



7月16日から24日まで、埼玉・川口市にて開催された「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016」。アメリカからも同時期に招待を受けていたという監督でしたが、「アメリカには何度も行ってるけど、まだ行ったことのない日本に来てみたかったの」という、今回初来日となるノルウェーのイングヴィル・スヴェー・フリッケ監督にインタビュー。初長編監督作品となった『幸せを追いかけて』について、魅力的な登場人物からノルウェー文化、社会背景についてまで、いろいろと気になることを伺ってきました。

「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016」の長編部門(国際コンペティション)にノミネート、アジアンプレミアとして上映された『幸せを追いかけて』は、この日平日にも関わらず、多くの来場者がありました。ストーリーは、20代・アラフォー・60代と、異なる世代、境遇にある女性3人を描いたアンサンブル・コメディ。

シグリは40歳年上の憧れの男性作家に恋してしまう不器用な学生、アラフォーのトリーネは収入のないパフォーマンンスアーティストで、しかも出産間近、60代のアグネスは養子に出した息子との再会を願う元作家。それぞれの幸せをつかもうとする女性たちの物語です。



ストーリーには原作があるとか。フリッケ監督がとても好きなノルウェーの作家、グンヒル・オイエハウグの本『Wait,Blink』に出会ったとき、女性について非常にうまく捉えていると感じたそうです。そこには、言葉にできないようなさまざまな瞬間、自分が抱える悩みや問題に深刻になりすぎず笑える温かいユーモアがあり、それぞれの人物の人生の描き方に共鳴したといいます。

これを聞いた瞬間、やはり「ノルウェー人」=「自虐的な笑いを好む」を実感。本当はあまりよろしくない状態を、ユーモアにしてしまう逆転の発想!ノルウェー映画が日本でもじわじわと公開されていますが、日本のお笑い文化にも通ずる(!)この「ノルウェージャン・ユーモア」がスパイスとなり、大きな役目を担っている気がします。

気になるのは、映画に登場する魅力的なキャストたち。60代のアグネスを演じたのはノルウェーでも大変有名なベテラン女優、アンネ・グリグスヴォル、アラフォー妊婦のトリーネ役、ヘンリエッテ・ステーンストルップは、「若いノルウェー人なら絶対知っているはず」という有名なコメディアンで女優。二人とも脚本を送ったら気に入ってくれて出演をOKしてくれたそう。

学生のシグリ役は演劇学校を卒業したばかりのインガ・イブスドッテル・リッレオースを抜擢。この映画をきっかけに現在どんどんオファーが殺到しているそうです。

好きな人の前では自分は良く見られたい、良い風に思われたいという気持ちが出てくると、それまで固持してきた自分の好みや主義・主張を、いとも簡単に曲げてしまったり、妥協してしまったり・・・といった経験って、ありませんか?きっと、まるで違う自分が出てきたように、不思議な感覚に陥ったりして。

シグリ登場シーンでは、それまでバカにしていたのに、やってしまった!という、ちょっと隠したいような、人間の気恥ずかしい部分が非常に面白く、興味深く描かれています。

3人の女性を通じてフリッケ監督は、「若いシグリは当然、トリーネだってアグネスでさえ後悔することや失敗も経験するし、おバカなこともやってしまう。だけど、どんな年齢になっても、日々の暮らしや人生から学ぶことがあるということも、この映画から伝われば」とおっしゃっていました。


上映後のQ&Aの様子。@SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016


『幸せを追いかけて』から知るノルウェーあれこれ

●福祉国家ノルウェー。でも条件を満たしていないと・・・
トリーネ登場シーンで、ノルウェー人女性の雇用や出産、妊婦給付金といったノルウェーの福祉制度についても垣間見ることができます。

たとえば、世界で最も手厚い福祉制度といわれるノルウェーでも、妊婦がもらえる給付金は、その人物が雇用されていることが大前提。過去3年間、きちんとした収入がなければもらえません。そのため、駆け出しのアーティストや学生など、安定した収入がない人は妊婦給付金をもらうのが難しいそうです。そのため、安定したポジションに就けるような年齢になってから、子どもを産む人が多い傾向にあるとか。(ちなみに劇中のトリーネは、日本の「出産育児一時金」のような国からの補助金3.5万クローネはもらえるようでした)

●臨月の妊婦でも不採用にはできない!
差別に関する法律があり、性別・国籍、臨月の妊婦ですぐ出産だからといって不採用にはできないそうです。きちんと資格があれば雇用しなければならない。映画では、そんな逆差別的な部分もちょっぴり皮肉って描いているシーンがあります。

●監督のまわりの人はなぜか紅茶派多数の不思議
ノルウェーは世界有数のコーヒー消費国といわれていますが、学生のシグリはいつも紅茶をチョイスします。何か心情的なものを表している?と思ったら、監督から「特に意味はないわよ」とドライな回答が(笑)。

フリッケ監督はコーヒー派だそうですが、なぜか監督の周りはみんな紅茶派が多いそうです。紅茶を飲む女性は「フェミニストで、早寝早起きして、朝起きたときに頭をいつもはっきりとさせておきたい」というステレオタイプ的な発想から、シグリも紅茶派という設定のよう。

●実在するノルウェーの人気番組が登場!
元作家で年長者のアグネスの妄想シーン。(家族が再会する)実在するノルウェーのテレビ番組が登場。倉庫マネージャーで何人かの部下を束ねるアネゴ肌のアグネスは、サバサバとしていて、そんなお涙ちょうだいな番組を見るキャラではなさそうなのに、実はその番組のファンだというギャップが面白く描かれています。



<監督よりメッセージ>
「はじめは、90分で女性についての映画を作ろうと思っていました。(自分の)子供がまだ小さく時間に限りがある中で、(結局100分は超えたけど)たくさん言いたいことやアイデアを入れることができて満足しています。やはり言語が違うと、字幕を追ってしまって表情や雰囲気、次につながる伏線があっても見逃してしまったりするかもしれません。(今回映画祭で自分の作品を)久しぶりに見たけれど、言語や国境を越えて、映画の面白さがみなさんに伝わったらいいなと思います」

人生に“おバカなこと”はつきもの?!愛すべき人間の滑稽さ、面白さはもちろん、テンポがよく、非常に後味爽快。女性たちは幸せを求めて、どんな答えを導きだすのでしょうか。北欧の映画は画面の片隅も見逃せないユーモアがちりばめられているので、今後ぜひ、いろんな劇場で見る機会があればいいですね。

<監督:イングヴィル・スヴェー・フリッケ>
1974年生まれ。1997年よりノルウェー放送協会(NRK)で働き始め、ラジオ局P3で若者向け番組「U」や音楽番組「Lydverket」を製作。若者や子供向けのドキュメンタリーやミニドラマシリーズ等を監督し、2005年にはドキュメンタリー『Dumdum Boys - 5 men, 5 songs』でノルウェー・テレビ賞を獲得。本作は初長編作品となる。

『幸せを追いかけて』
監督:イングヴィル・スヴェー・フリッケ
出演:インガ・イブスドッテル・リッレオース、ヘンリエッテ・ステーンストルップ、アンネ・クリグスヴォル、ハルヴァルド・ホルメン、イーヴァル・ガフセット、レナーテ・ラインスヴェ、アンドレアス・カッペレン、イングリ・ボルソー・バルダル

「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016」長編部門国際コンペティションノミネート作品
http://www.skipcity-dcf.jp/

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