年に30~40本の映画が作られているといわれるフィンランド。しかし、言語の問題などもあり、ほとんどは国内マーケット向け。特に子ども映画の人気が高いようです。世界的にファンも多いアキ・カウリスマキ監督に続く次世代監督が待ち望まれているフィンランドで、久々の大型新人として注目を浴びているのが、映画「365日のシンプルライフ」を手がけたペトリ・ルーッカイネン監督。
主人公は、ヘルシンキ在住・26歳の独身男性。彼女と別れたことをきっかけに、モノにあふれた生活をリセットするため、ある壮大なプロジェクトを実施します。それは、自分の持ちモノ全てを倉庫に預けること、1日1個だけ倉庫から持って来ること、それを1年間続けること、そして1年間、何も買わないこと。
そんな大実験を行った主人公の男性、ペトリを演じたのは監督ご本人。8月の劇場公開にさきがけて上映された映画祭「EUフィルムデーズ」で来日していたペトリ・ルーッカイネン監督に、なぜこのようなプロジェクトを実施したのか、プロジェクトを通じて感じたこと、撮影秘話、フィンランド人のモノに対しての考え方、さらにはフィンランドの若い世代の間で流行っている最新フィンランド情報まで、たっぷりとお話を伺ってきました!
重要なのは、「ゆっくり時間をかけて、モノと向き合うプロセス」
――― 自分をリセットするために、持ち物すべてを倉庫にしまい、1日1つずつ持って来るという発想がとてもユニークですね。日本では、モノを整理して捨てたりして、気持ちをリセットする「断捨離」というものがありますが、監督はモノを捨てる行為でなく、“部屋からいったん消したモノ”を、少しずつ戻していきました。なぜこういったことを実行してみたのですか?モノを捨てるという行為に至らなかった理由は何かありますか?
ペトリ・ルーッカイネン監督(以下ペトリ監督):捨てるという行動はとても簡単なことで、一瞬の気持ちでしかく、それで終わってしまいます。捨ててしまうと後で「やっぱり捨てなければよかった」と後悔するのも嫌だし。今回なんでモノを一度倉庫に預けたかというと、何が必要で何が必要でないのかを、時間をかけて選択したかったんですよね。ゆっくりと時間をかけてモノと向き合うという、「プロセス」そのものが重要だったんです。
――― なるほど、モノを自分から遠ざけてすっきりすることが重要ではなく、モノと出来るだけ近い距離に自分を置いて、時間をかけて向き合う、その時間こそが今回のプロジェクトで大切なことだと。
フィンランドの人はモノを長く使って大切にするというイメージがありますが、実際やはりモノはあまり捨てない?
ペトリ監督:もともとフィンランドはモノを大事にするという文化があると思います。
祖父母の時代は、戦後モノがない貧しい時代で、モノにもっと執着していました。モノが壊れたら直したり、モノを「所有する権利」を楽しんでいたようですね。そのころのほうが物質欲が強かったんじゃないかな。親世代は比較的モノがあり、祖父母のモノを捨てない習慣・文化が身についているので、モノがどんどん増えていく。
そして自分の生まれた80年代は、はじめからモノがすでにあふれていて、祖父母から譲りうけても収納する場所もなく、あまりもらおうという気もない。初めてモノを捨てる、処分することが許される世代なのかなと感じています。祖父母や親世代の生き方とは違う、モノを持たないシンプルな生活を送りたいという哲学的な要素を、自分の世代は持っている気がします。
――― プロジェクト前とプロジェクト後では、モノに対する考え方は変わりましたか?
ペトリ監督:自分ではモノに対してかなり執着心があったように思っていましたが、意外とそうではなかったんですよね。モノに執着していたら、そんなに捨てたり、買い換えたりしなかったんじゃないかと。もっと大事に使っていたんじゃないか?ということに気づかされました。自分のさびしい部分をモノで埋めようとしていたので、衝動買いをしてしまったり・・・。
このプロジェクトの後は、モノや買い物に対してものすごく考え方が変わりましたね。プロジェクトが終わった後、やっとモノを買いに行けるようになったにも関わらず、買い物に行くまでに時間がかかったんですよ。もう買ってもいいんだ!と思って買い物をしていても、どこか不安や違和感があり、買うことに抵抗がありました。本当に買っていいのか?これは必要なのか?と考える自分がいたんですよね。少し時間が経った今はそこまではいきませんが、ほしいのか、ほしくないのかの狭間で揺れ動くことはまだあります。
学んだことは、「モノとの関係性だけでなく、日常にある人とのつながりの大切さ」
――― モノが揃っていると、自分でそれなりに何でもできてしまいますが、モノがなく不自由だと、人に助けてもらうといった、人とのコミュニケーションがそれなりに増えます。いいことも面倒なことも。プロジェクト後は、モノとの関係だけでなく、ヒトとの関係にも変化がありましたか?
ペトリ監督:まずそこまで読み取っていただけたことがうれしいですね!
この映画は、家族・友人たちなくしては出来ませんでした。アイデアは自分が出しましたが、サポートしてくれる周りの人がいたからこそ、この映画が出来たと思います。全てモノが揃っていたときは、自分でなんでもやれると自己中心的な考え方があったのは否めません。このプロジェクトを経て、「すべて自分で所有しなくても大丈夫なんだ」と思いました。「全て自分で」という考え方は脱したいと思いましたし。人とのつながりは一人では気がつかなかったですね。借りる、分け合う、一緒に所有する、といった、日常の中にある人とのなにげないつながりが、本当に大事だと実感しました。
暮らしの中でとても自然に、さりげなく助け合うフィンランドの人々。友人にあきられながらも、兄弟に心配されながらも、困ったときにはみんながペトリに手を差し伸べます。シンプルな生活、モノがない生活とは、人とのコミュニケーションを生み、人を育む。それが人間の本来の姿であり、そこに人は幸福を見出す。
映画制作は親友や家族の支えがあったからこそ。彼女との出会いのシーンはあくまで自然に
――― 登場人物が全て本物の家族や友人ということで、どのような現場だったのでしょう?何か大変だったことはありましたか?皆さんとてもナチュラルに演じていて、ただただびっくりです!
ペトリ監督:親友のイェッセと弟のユホ、彼らだったからこそ、安心できたし、自然に出来ました。ただ、どんなに仲の良い親友や兄弟でもヒミツにしたいことってありますし、そういう時も正直ありました(笑)でも、全く知らないプロの人だったらどうだったかな?と考えたら、やはりこの2人でよかったと思いましたね。
実は、おばあちゃんのあるシーンの撮影を迷いました。そこまでして撮るべきなのかと。そのことをおばあちゃんに相談したら、「人生はこういうもんよ。全然大丈夫よ」と言ってくれたので、ありのままを撮りました。後々観ていて、自分もけっして撮影にふさわしい姿ではなかったと思いますが(笑)、より自然に映っていたのがかえってよかったのかなと。
――― ガールフレンドのマイヤさんははじめ顔を出していませんよね。カメラは隠して撮影していたんですか?
ペトリ監督:そうです。マイヤと出会ったときは、普通に、ごくごく一人の男性として自然に始まりたかったので、カメラを隠していました(笑)最初から映画を撮影していることを告げたら、「自分を撮っているなんて、どれだけナルシストなんだろう?」と、ヘンな目で見られる可能性があるし、あるいは「映画を撮っている有名な人なのかも?」と、ヘンな興味をもたれるのも嫌だったし。あくまで自然体な自分を好きになってほしかったから。
マイヤには何週間か経ったときに話しました。最初少しずつ彼女にカメラを渡して撮ってもらったんです。1年間のプロジェクトの終了が近くなってから、「君を撮ってもいいかな?」と聞いたら、マイヤからOKの返事をもらったんです。映画化の話が現実になったとき、彼女のシーンを使ってよいかどうかは彼女に全て任せました。そんな風にして自然に彼女に協力してもらうことができました。
ちなみに、フィンランドでは結構しっかりとした、大きなカメラを持ってお出かけをするのが普通だということもあり、まさか映画を撮っているとは思われなかったようです。しかし、マイヤさんは出会った頃、「なんでこの人はいつも同じ服を着ているんだろう?」と不思議に思っていたとか(笑)。
気になる最新フィンランド情報!いま流行りのアクティビティはこれ!
――― 劇中でマイヤさんとデートするシーンがありましたが、今まさにフィンランドで流行っているもの、人気のアクティビティがあったら教えてください!
ペトリ監督:街中でのサイクリングは人気。サイクリングロードをもっと作ってほしいという声も出ています。“若い大人”(=20代半ばあたり)に今関心が高いのは、『エコ』『環境保全』『倫理的なこと』が流行っています。食事もオーガニックフードだったり、フードマイルを意識して、なるべく地元のものを食べたりとかね。
今年特に人気なのは『レストランデイ』。ダンスイベントなど、公共の場を使ったイベントや、ソーシャルメディアから広がったイベントが特に人気。企業やブランドからではなく、民間から生まれるものが増えました。
実はフィンランドの人は、自分たちから何かを発信するということがこれまであまり得意ではなかったそうですが、レストランデイやクリーニングデイはフィンランドが発祥ということで、特に人気のイベントとなっているようです。
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●監督よりメッセージ● |
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映画のことから、フィンランドのことまで、ものすごく真面目に、真剣に、そして丁寧にひとつ一つ答えてくださったペトリ監督。ありがとうございました!
モノにあふれる時代を生きる私たちに、絶妙な問いを投げかけてくれる映画「365日のシンプルライフ」は、2014年8月16日(土)より、オーディトリウム渋谷にてロードショー!(他全国順次公開)
【監督・脚本・主演:ペトリ・ルーッカイネン】
1984年生まれ。17歳からTVCMやミュージック・ビデオを作り始める。フィンランドの国営放送Yle放映の3本のドキュメンタリー・シリーズに、 ディレクター・撮影監督・編集として携わっている。本作で長編映画デビュー。
365日のシンプルライフ
(原題:Tavarataivas/英題:My Stuff)
監督・脚本:ペトリ・ルーッカイネン
音楽:ティモ・ラッシー
2013年/フィンランド/フィンランド語/カラー/80分
後援:フィンランド大使館
提供・配給:パンドラ+kinologue
公式HP:http://365simple.net/
公式Facebook:http://www.facebook.com/365simple
公式Twitter:http://www.twitter.com/@365simple_
(c)Unikino 2013
北欧区記事
●【8/16公開】フィンランド映画「365日のシンプルライフ
●【8/30】フィンランド発の人気イベントが日本でも!モノと対話する日「クリーニングデイ」
モノと対話する日の楽しみ方として、フィンランド発祥の人気イベント「クリーニングデイ」に参加したり、自分で開催してみるのはいかがでしょう?第2回目となるクリーニングデイは8月30日に日本でも開催!なんとこの日限定で、「365日のシンプルライフ」を上映することもできます!
お問い合わせ&お申し込み方法はこちらでチェック!→ http://kinologue.com/